普通じゃないヤツ、として生きるという覚悟をする。
どうも、そると(@nohomoto1)です。
どうも最近、「自分はやはり発達障害なんじゃないか?」と思うことが多くなり、
やがて確信に変わって来ました。
自分は変なヤツ、そういう覚悟を持って生きようという覚悟を決めたという所信表明の記事になります。
普通のことができないという苦しみ
これまでの人生において薄々感じていたことでありますが、
自分はやっぱり脳の処理が他の大多数の人と違うんでしょうね。
今の職場で働く中で、疑惑が確信へと変わりました。
いわゆる「出来て当たり前」のことが全く出来ませんし、
何をするにでもいちいち力を消耗します。
とにかく容量が悪すぎる。
他にも、手先が絶望的に不器用、運動音痴、人との距離感が分からない、言葉の裏が読めない・・・
などなど
典型的な発達障害の症状が面白いくらい自分には当てはまってしまうんですよね。。
過去に記事も書いたように、ウェスクラー式知能検査というものはすでに受信していて、
限りなくその傾向があると診断されました。
言語的能力はまずまずですが、知覚知能とのギャップが激しく、
動作性IQがかなり低い結果に。
頭でわかっていても何故かできない・・ということが非常に多いです。
医療機関による診断は受けてはいませんが、もし受信したらほぼ間違いなく発達障害だと診断が下るような確信があります。
変なヤツとして生きる覚悟を
これまでの人生で、自分は普通じゃないのはなんとなく感じてはいましたが、
まだ心のどこかで「オレはまだ普通だろ・・・」と心の底から認めることができない自分がいました。
ニート時代に散々自己分析して、傾向と対策を身につけて、発達障害は努力で克服できる!
そう思っていた時期もありましたが・・・
発達障害というものは先天的な脳の障害であり、それを完全に治すことなど不可能なのでしょうね。
工夫次第では普通に近づくこともできるのかもしれませんが、ふとした時にボロは出てしまうんでしょう。
だから、「自分はどうあがいても変なヤツなんだな・・」と完全に認めることにしました。
変わり者だよ!上等だよ!という精神で笑
諦めることで好転することもある
出来ないことが多くても、それが自分の努力不足のせいではなく障害のせいであると分かれば、
より建設的に努力をすることができます。
為末さんも言っているように、「努力して出来ること・出来ないこと」を見極めることは非常に大切ですね。
努力って万能ではないですから。
出来ない事は出来ない!ときっぱり割り切る事で、開ける道もあるかもしれないですしね。
仕事に関しては、出来なくてもどうしてもやらねばならない事もあるでしょう。
しかし、全て出来ないからといって自分を責める必要なんてないです。
- まずはとりあえず全力で業務に臨む
- どうしてもダメなら周りに頼るとか、上司に伝える
- それすらもダメなら諦めて転職する
とりあえず自分は、こういう3ステップを立てることで対処していこうと考えています。
生きてればいいこともある。とりあえず歩み続けていればそれでいい。
最近、人生の厳しさみたいなものをヒシヒシと感じていて、
本当に一瞬ですが「しんでしまおうか・・」なんて考えが頭をよぎってしまったりします。
こんなに苦労してまで働くくらいならいっそ・・とか
ですが、働いた後のお酒は最高に美味しいですし、音楽やってれば最高に幸せなので
やっぱ生きてた方がいいな、と思う次第です。
この先も色々と苦難が待ち受けているかもしれませんが、とりあえず生きてみようと思います。
人生の意味なんかなくて、ただ生き続けることそれ自体に意味がある、のかもしれませんね。
今回は以上になります!
ありがとうございました!